今週のお題「ぼくは泳げないのだ~~!」
ぼくは泳げないのだ~~!
まえがき
ぼくはかつて日本二周という旅をしていた。
日本全国に歌を届けながら、ヒッチハイクで全都道府県を回るという旅である。
その旅は野宿なので冬の間は沖縄に長期滞在を見込んでいた。
その沖縄でぼくは本当の一文無しになり、夢有民(ムーミン)牧場でお世話になっていた。
この旅小説はnoteに連載しているので、ぜひ読んでくださいね。
牧場の仕事の合間にムーミンさんは海に連れて行ってくれる
夢有民牧場の主、ムーミンさんは牧場主とはいえ、実は海で漁をすることもある。
潮が最も引く大潮のときを見計らって、ときどきスタッフを連れて海にいくのだ。
たいていは狙う場所は河口付近だ。大潮の時は河口付近に海水魚が集まっていることが多い。
そこに投げ網を投げてテラピアという魚を獲ったり、魚以外にも岩陰に大きなかにも潜んでいたりする。
港にアバサー(はりせんぼん)を獲りに行ったこともあった。
それと沖に出れば、シャコガイもたくさん見つかる。アナゴもいることもある。
川にはカニだけでなく、うなぎもけっこういるそうだ。
「こっちの人はうなぎは食べないんだよね。」
とムーミンさんは言っていた。
だから大きいまま生きながらえているのが多いそうで、ムーミンさんは昔4mのうなぎをとったことがあるそうだ。写真も見させてもらった。
「筒を仕込んでおくとそこに潜んでいたりするよ。」
しかし、沖縄で漁と言ってもヤマトンチュ(日本人)には何がとれるのかあまりピンとこないものだ。
「沖縄の魚ってまずいでしょ。」
なんていう人に何人も会った。
投げ網ではテラピアが面白いほどひっかかるのだが、テラピアの刺身は結構うまい。
でも漁に行って一番困るのは、牧場のおっかあだ。
「釣るだけ釣って、結局全部食べ切れないんだよね。」
とよくこぼしていた。なので漁に行ったぼくたちは、一応申しわけ程度にテラピアをさばくのを手伝ったりしたものだ。
特にアバサーとかはたくさんとれるけど、とげとげの魚を何匹も扱うのは大変だ。だからアバサーはたいがいが汁になる。これもまたうまい。
始めてムーミンさんが漁に連れて行ってくれた時は、まだスタッフの先輩のタクがいた時だった。
河口に陣取り、ムーミンさんは網を持ったまま魚影を負いながら水に入っていく。
あまり釣りに詳しくないぼくは、「魚影」という言葉をここで初めて知ったものだ。
ムーミンさんは(ここかな)と思う場所にゆっくり歩を進めると、そこで網を投げる。
「バシャ!」
網は周囲にぐるっと重りがいくつもついている。投げた瞬間網は広がるから、その広がった形で沈んでいく。
そこに魚がいたら網に魚は閉じ込められる。網の端は重りで押さえつけられているから逃げにくい。
網をひっぱっていくと、網の周囲は地面に着いたまま引き寄せられるので、魚は閉じ込められたまま浜まで連れてこられる。
そんなあんばいで魚が獲れるのだ。
魚の上に投げることはもちろんだが、いかにうまく網を広げて投げられるかが肝なのだ。
ムーミンさんはそれなりにうまいように見えた。
しかし一つ問題があった。
それは網が水中の岩にひっかかるのだ。
「タク、入れ!」
タクはすでに経験者だったらしく、ムーミンさんの一声で水中にもぐる。
岩にひっかかった網をほどきに行くのだ。
(これはしんどいな。河口はにごりやすくて視界が悪いし。)
それに沖縄の河口の岩はほどんどがサンゴでできている。だからとげとげのざらざらだから、網がすこぶるひっかかる。
それをもぐってほどいてこいというわけなのだ。
(じじいめ。自分は入らないくせに人にとらせやがって。)
と、いままでのスタッフの誰もが一瞬は思ったことだろう。
ただ、ちゃんとほどいて網を引き揚げると、魚はしっかりその網に入っているので、もうその喜びの方が勝ってしまうのだった。
また、カニをとる時は軍手が必需品だ。
「そうそう。はさみにはさまれるからね。」
いや、それはそうなのだが、そう単純なことではないということが後で分かった。
カニはだいたいが岩の陰に身を潜めている。だから岩をひっくり返すとそこにいることもある。
でも中には大きくてひっくり返せない岩の下にいる時も当然あるのだ。その方が岩陰が広くて住みやすいのだろう。
おまけにそういうところにいるカニは大型であることが多い。
そのカニを見つけたなら、こっちは無論捕まえたくなる。
そしてその岩のすき間に手を突っ込む。
ある日ムーミンさんが岩の下に手を突っ込んだ。
「いっっってえええええ!!!!!」
ムーミンさんがものすごい声で絶叫した。
カニに挟まれたのだ。
潜むカニを手を伸ばして追い詰めながら獲ろうとしたものだから、岩の下に右腕すべてが隠れる状態で、顔は海面すれすれの状態で、ムーミンさんの指はカニにはさまれ、痛みと格闘している。
しかし何とか手を抜くことができた。無事に手を抜けたのは軍手をしているからだった。
これを素手でやってしまうと本当に抜けなく、場合によっては指がちょんぎれてしまうこともあるのだそうだ。
だから絶対に素手でやってはいけない。
それはコニさんとムーミンさんと3人で漁に行った日
さて、コニさんと二人で働いている時にも漁に行く時があった。
「うーん。今日は大潮かな。ちょっと早いかな。まあ行ってみるか。」
そう言って、ムーミンさんとコニさんとぼくらは海へ出かけた。
はじめは河口で投げ網をしてみた。タクはもういなかったのでぼくが無理やりもぐらされる番だった。
あまりこの日は魚がいなかったので、
「シャコガイを獲りに行くか。」
ということになり、海へ移動した。
潮が引いた時の沖縄の浜は、数百メートルも沖まで歩いていける場所がある。
浜付近はサンゴがたくさん繁殖していて、遠浅になっているのだ。
潮が引いて遠浅の海は、500mくらい先で波しぶきが起きるラインが見えた。
そこは沖からの波がサンゴに当たるところであり、つまりそこがサンゴのエリアの縁だということがよく分かる。
それを越えたら一段深くなっているということでもある。ぼくらが行くのはそのもっと手前だ。
ぼくらはモリをもってシャコガイを探しながら沖に向かって歩いて行った。
「あった!」
わりとすぐにシャコガイは見つかった。
「これってけっこう高級な貝ですよね!ムーミンさん、食べていいですか?」
コリさんはそう言ってその場で食べた。食べながら高級な貝をとる。なかなかな遊びだ。
「シャコガイは、アソコに似ているんだよね。男は目がない。シャコガイ探してるときはシャコ目になる。」
と、うれしそうに下ネタを言うムーミンさん。
3人ともそろってシャコ目になりながら、海水が揺れ動く奥を見抜こうと必死で探した。
するとコニさんが、
「あ!何かいる!でかい!」
と言ってモリでぶっさした。と思ったら刺さらなかったが、それはアナゴだった。
浅瀬だったのでうまく捕まえることができ、袋に入れることができた。1m近い大きさだったので、ぼくらは俄然やる気になった。
「いやあ、今日はいい日だね。コニさんすごいね。アナゴとるなんて。」
「まだまだとれるんじゃない?」
ぼくらはさらに歩を進めて行った。
海は最初よりも満ちて来ていた。振り返ると浜はもう200mくらい後ろにあった。
「だんだん満ちて来たね。」
とぼくはこぼしたのだが、誰もそれには反応しなかった。
ぼくはなんとなく帰りのことが心配だったのだ。もっと満ちてきたら帰るのが大変だろうなと。
しかし、ほかの二人はそんなことはあまり気にしていないようで、シャコリキに、いやシャカリキになってシャコ目で貝を探している。
潮は膝より上くらいに来ていた。いつの間にこんなに深くなったんだ?
ぼくは我慢できなくなりムーミンさんに言った。
「ねえ、帰れるかな。おれあまり泳ぎ得意じゃないんだよね。」
「え!?そうなの!!」
潮の動きは見た感じ結構強かった。風が少しあり、浜を見て左は半島のように少し出ているが、右に潮が流れているように見えた。
つまり浜に近付きにくい潮の流れだ。
そしてぼくには今の地点は浜まで300mくらいの距離に見えた。
「まったく泳げないわけじゃないけど、この距離を泳ぎ切る自信はないんだよね。けっこう流れがあるでしょ。下手に泳いで途中で力尽きちゃったらやばいよね。」
そう。ぼくはたしかに泳げないわけじゃない。25mをクロールで泳ぐことはできる。
でもそれ以上の長い距離を泳いだことはほとんどない。しかもただ浮いていればいいという潮の状態でもなかった。
この状況ではったりをかまして泳ぐことの方がぼくは危険だと思った。だとすればどうすればいいのか。
今の状態だと途中までは歩いていけるだろう。でもどの道このままだと泳がざるを得ないだろう。潮の抵抗を受けながら歩くだけでも結構な体力を使うはず。
それから泳ぐのはやはり大変だ。
ムーミンさんはさけんだ。
「海難事故だ―――!!!!」
まったくムーミンさんらしいリアクションだ。
ぼくは、一か八かの賭けに出た。自分で泳ぐか、それ以外の方法を考えるか。
ぼくは、コニさんに助けをお願いすることにした。コニさんはサーファーだと聞いたことがある。
「コニさん、サーファーでしょ。浜まで泳げない?」
「え?ぼくがですか?泳げないことはないけど・・・。大丈夫だと思います。」
さえない返事。
いや、大丈夫じゃないわけはなかった。泳げるという判断があったからこそまだ漁をしていたのだから。
それはもう、立派なおじさんのムーミンさんも同様なはずだった。
じゃなかったらとっくにぼくらは引き返しているはずである。
でも救命をお願いされたコニさんは緊張していた。不安そうだった。
何しろぼくはこの沖で待っていなくてはならず、海面がぼくをおぼれさせる前に助けを呼ばなくてはならない。
つまりスピードが命なのだ。
「行ってきます。」
この瞬間、ぼくの命はコニさんに託されることになったのだった。
そしてぼくとムーミンさんは近辺で高い場所を見つけ、そこにとどまった。
コニさんはクロールで浜に向かっていく。しかし、コニさんは思いのほか進まなかった。
やはり潮の流れが強いのだ。
右へ流されながら、少しずつ浜に近付いていく。
(やっぱり、おれが泳いだとしたら厳しかったよな。)
ぼくらはコニさんの泳ぎを祈るような気持ちで見詰めていた。
日はかたむいてきていたからだんだんと寒くもなってきていた。
水の高さはお腹から胸にかけて上がってきていた。
潮のもどりが早い。
そしてコリさんはようやく浜に上がった。小さな浜には誰もいなかった。
「だれかー!!助けてくださーい!!」
そう走って叫びながら浜の奥に消えて行った。
数分後、住民の方々らしき人が現れた。
「たすけてー!!」
ムーミンさんとぼくは必死で叫んだ。しかし、誰も動こうとしない。
(なぜだ?)
実は浜には1台ボートが寝かせてあったのだ。だからそれを出してくれればいいのに、誰も動こうとしない。
(おーい!そのボートを出せー!!)
そう言っても誰も反応しない。
「なにやってんだよ!はやくだして!そのボート!!こっちはやばいんだよ!!」
するとコニさんが何か言っている。
「今、救助隊の船が那覇から向かっているそうです!」
「那覇?そんなの無理だよ。その前に死んじゃうよ!」
「早くボートを出せー!!」
(那覇から?何を言ってるんだ?冗談としか思えない。)
しかし状況は何も変わらなかった。よく見るとなぜか浜にいる人たちは笑っているように見えた。
(こっちは必死なのに、なんで笑ってるんだ?)。
「よし、歌うぞ!体が冷えて来たからな。SEGE歌え!」
「うん。『一線を~越えよ!え~お~!・・・』」
するとなおさら浜の人達は笑っている。
「違う!寒いから歌ってんだよ!こっちは死にそうなんだー!早く助けてくれー!!」
もう水の高さは胸のあたりまで来ていた。
(そろそろ本当にまずいな。)
ぼくの体に恐怖の冷たさが足の底から駆け上ってくる。
(今日ぼくは死ぬのだろうか。)
すると浜に救助隊らしき人たちがやってきた。
(これで助かるのか?)
しかしいっこうにボートを出そうとしない。救助隊の方々は、いったん浜にあったその黄色いボートを見たのだが、しかし使おうとはしなかった。
「早くしてくれー!!助けてー!!」
もう水が首に来ていた。ぼくらはモリを海底に刺して、二人でそれを持ちながら身体を支えていた。
万が一足が下につかなくなってもそれで少しでも時間をかせげると思ったからだ。
もうぼくらがいるところ以外には足が着くところはなさそうだった。もちろんそれを確かめる余裕なんてない。
しかし、ムーミンさんはその時どんな気持ちだったのだろう。
この泳げないとは知らなかったおろかな若者を助けるために、一緒に沖にいて、一緒にモリをもって助けを待ってくれている。
もしかしたらこのまま足が着かなくなり、そうなると背の高いムーミンさんに初めはしがみつくことになり、その後ムーミンさんは泳がざるを得なくなるだろう。
その場合、ぼくをひっぱって泳ぐことになるのか?
ぼくはまったく泳げないわけではないが、人をひきつれて泳ぐことがものすごく体力のいることなのは明らかだ。
ムーミンさんだって危険なのだ。
そんな危険を、当然この人は覚悟しているだろう。申し訳ない。そしてありがたい。
ところが一方で、ぼくにはどこか危機迫らないものもあった。
それはムーミンさんが横にいてくれているという安心感も当然あったけども、それだけではなかった。
状況としては、けっこうまずい。もうあごの下まで水面は来ていたし、ボートも出る気配がない。
このままの状況が続けばおぼれてしまう可能性は高かった。
ぼくは、生まれて初めて本当に今ここで死ぬかもしれないなと思っていたのだ。
ぼくはふと沖縄の大空を見て思った。
(おれが今死んだらどうなるんだろう。かあちゃん悲しむだろうなあ。ちはるも絶対悲しむよなあ。)
もしかして今日ここで死ぬかもと思ったその時、ぼくには母親と彼女の顔が浮かんだのだ。
(いや!そんなことはない!かあちゃんやちはるたちはおれを待っていてくれている!それにおれにはまだやることがある!今ここで死なない!死ぬわけがない!)
そう思ったのだった。
それは願いとか希望とか、がんばるぞ!とかそういう気持ちではなく、
「今日おれはここで死ぬことはない。死ぬことにはなっていない。」
そう決まっていることが分かったという感覚だった。
神様に、そう決めてもらっている感触だった。
ふとぼくはそう思えたことにより、なぜか「今日は助かる」「おれは死なない」という自信に似たものが湧き上がってきた。
でも、状況はまだ変わっていなかった。
すると浜に黒いものを救助隊が運んできたのが見える。救助隊がついにボートを浜に持ってきたのだ。
「おーい!早くしてくれー!!」
ボートは海に乗り出し、ぼくらをめがけて漕ぎ進んでくる。
(やった!これで助かるよね。)
ぼくら二人はじっとそのボートを見つめながら待っていると、ようやくボートがたどり着く。
10m。5m。3m。2m。1m。
(やった!助かったぞ!)
「ありがとうございます!」
そう言って乗ろうとした時だった。
「乗らないでください!」
「・・・え?!」
「このボートは小さいので、今二人が乗ると転覆する恐れがあります。なので、ここで救助のボートを待ちます!」
(この期に及んでまだボートに乗れない?そんなことあるの?まだここで待つの?那覇からの船?)
ぶちぎれたのはムーミンさんだった。
「ふざけんな!おまえらは何しに来たんだ!こっちはもう限界なんだぞ!」
そう言いながら、ボートに手をかけていたぼくをムーミンさんは後ろから手で押した。
「ほら。それ、のっちゃえ!」
するとぼくは難なくボートに乗ることができた。救助隊の人達ももはやとめることもできず、ついでにムーミンさんも乗ることができた。
こうしてぼくは無事に浜にたどり着き、なんともおそまつな「海難事故」は解決した。
とにかくコニさんには感謝したい。彼は命の恩人である。コニさんがサーファーでなかったら、サーファーだと知っていなかったら、ぼくは彼にお願いしなかったと思うし、助かっていなかったと思う。
ボートをなかなか出してくれなかった理由を後で聞くと、どうやら船に穴が開いていたそうだ。
どおりでで出してくれないはずだった。
しかし、必死で助けを呼ぶぼくらを笑って見ている村の人々の心境はいかほどだったか。
きっと歌っているぼくらを見て、余裕があると思ったのだろう。
恥ずかしい海難事故だったが、ぼくは大切なことに気づかされた。
それは、ぼくには待っていてくれる人がいるということ。それと、ぼくはまだこの人生でたくさんやることがあるのだということだった。
おしまい
written by SEGE