人間関係をよくするには
薦め度☆☆☆☆☆
真剣度☆☆☆☆☆
難易度☆☆☆☆☆
技術度☆☆☆☆☆
解決度☆☆☆☆
対象:伴侶、親子関係、主従の関係、職場の同僚など
自分は相手からどう思われているか
みなさん、自分のことをよく思われていなかったら、よいパフォーマンスができますか?そのよく思ってくれてない相手にどんな対応をしますか?
逆に、相手から信頼されていたら、「分かってもらえてるなあ」と思っていたら、どうですか?パフォーマンスはよくなりますし、その相手に対してよいふるまいをしますよね?
これが人間関係をよくするための答えです。
ぼくは一時期まで奥さんに対していろいろな不満を抱えていました。いや、今も全くないわけではありません。人間ですから。
例えば、それは子供への接し方だったり、お金の使い方だったり、家事の仕方だったり、健康への配慮だったり。
「なんでそんなやり方するの?」
「なんでそういう言い方するの?とか、言葉遣いよくないんじゃない?」
「なんでそういう遊ばせ方するの?」
「もっとほかのことにお金使ったら?」
「なんでもっとこうしないの?」
「だからだめなんだよ。将来どうするの?子供たちのこと考えてるの?」
「時間は待ってくれないんだよ」
そんな風に思うことしばしば。でも、何か言ったらけんかになるのも明らか。だからじっとこらえて、もんもんとしていたわけです。
心の中では、
(でも言わなかったら変わらないよね。時間は過ぎていくだけだよね。おれは間違ってないよね。
間違ったことは思ってないからそれは言うべきなんじゃないか。わかっているのに言わないのはいけないんじゃないか。
これは彼女に対してただ言いたいんじゃない。子供や家族にとって大切なことだから言いたいんだ。)
などと、思いがうずまいていました。
でもある時気づきました。
「こんな風に思われてよくなる人なんていない!これっておれは、奥さんのことを信頼してないぞ。そもそもそれ自体が問題なんじゃないか?人のことをおれは言う資格がないんじゃないか?
まずはおれの心の問題じゃないか!相手がどうとか以前にそっちから変えないと!」
「まずは相手を信頼しよう。」
そう思うようになりました。
すると、どうなりますか?
なぜか夫婦関係が前よりもよくなっている気がしました。なんとなく相手の笑顔が増えている気がする。特に夫婦で話し合ったわけでもないのに。
実際に何かが変わりました。今まで見えてこなかった相手のよい部分が見えてきたり、相手が今までにないうれしいことをしてくれたりと。
なぜなんだろう。考えました。
最初に「相手からどう思われているか」ということを書きましたが、よく思われていないときって、なんとなくわかっていますよね?
分かりやすく言うと、しゃべりやすい相手や馬が合う人って相手はこちらのことよく思ってくれてますよね?それってわざわざ「君の事よく思っているよ」なんて言わないですよね?
自然と仲良くなるものです。
人間関係は会話をする以前に8割が決まっている
「世界で最も読まれた本ベスト10」に入っている「アルケミスト」という本を書いたパウロ・コエーリョの作品の中に、「人間関係は会話をする以前に8割が決まっている」といったようなことが書かれていました。
どの本だったか忘れてしまいました。すいません。アルケミストはこちら→読書感想文嫌いだな。でも書いてみよう。「アルケミスト」について
でも、この言葉がこの人間関係の本質をついています。
つまり、言葉を交わす以前に、もうお互いのことを理解してしまっているのが人間です。どう相手のことを思っているかは、相手に伝わっています。
だから何事も相手のせいにしているうちは、解決しません。それは相手をどう思っているかという自分の心のあり方に問題があるからです。簡単に言うと、自分のせいだからです。https://sege.hateblo.jp/entry/panikku1
それは具体的な言葉や目に見えるふるまいではなくとも、そこからかもしだしているものがあるということです。
または、心は目に見えない領域でまわりに影響を与えるということです。そこまで信じられなくても、言葉や行動の端々に表れているのだと思います。
ぼくは特に「目」だと思っています。目は口ほどにものをいうというのは本当だと思います。
心で思っているだけで、言ってないからいい、と考えていても、心に思っていることは伝わっています。
そうすると相手は「よく思われてないな」と感じてしまいますよね。それは言語化しているとは限らなくて、そう言葉に表せなくても行動がネガティブになっていきます。
親子関係とか、主従関係ではそれが多いと思います。
特に子供が親につらく当たられていると、子供はそれを「よく思われていない」とは言語化できてなくても、言動はどんどんネガティブになっていきます。
「なんでできないんだよ!」
「さっき言っただろ!」
「何回言わせるんだよ!」
「おまえはいつもそうなんだよ!」
そう言われてよくなる子供いますか?言っている内容は正論かもしれません。でも、それを言っている親は子供を尊重してないんじゃないですか?
余計に失敗を繰り返し、悪循環です。臆病になったり、失敗を恐れてやりたいことをやれなくなったり。
ここまでひどくなくても、子供を先入観でみてしまって、子供がそこから抜け切れずに成長できないということはよくあります。子供にレッテルをはっていませんか?
それは親の責任です。職場での上司と部下の関係、先輩と後輩の関係も同じです。
実際にどうすればいいのだろう
人間なので、100%相手にネガティブな思いを持つことをなくすことはできません。
でも自分が持っている相手に対するネガティブな思いに気づくことはできます。まずはそこからです。
それに気づいたら、はたしてその思いを持ち続けて相手はプラスの方向へ行ってくれるか考えてみましょう。
おそらくいかないと思います。それを認めて、逆にプラスの思いを持ってください。ネガティブを消し去ることはできなくても、プラスの思いを立ち上がらせることはできます。
ぼくの場合は「信頼しよう。感謝しよう。」と心に決めました。そうするとひょっとして感謝することがいろいろあるんじゃないかと思い始めました。
朝早く起きて家事をしている。食事を作ってくれる。洗濯物やってくれる。子供のお世話してくれている。などなど。
こうしたことに気づいてくると、今までいかに自分が相手に対してブラックな思いを抱いてきたかが分かってきます。
その感覚が分かってくると、その先自分の心を調整しやすくなります。
また、「信頼しよう。感謝しよう。」とぼくは思ったわけですが、それは自然と具体的な「何に?」と思いがいくわけです。
すると具体的に相手をより理解していく手掛かりになります。
あの人は「わかってくれている」
自分が「理解してもらえてるな」と思えるってどういうことですか?
それは、自分が持っている物、やっていること、思っていること、そういうことをわかってもらっているってことですよね。
マザー・テレサが言っています。「愛の反対は、無関心です」と。
また、youtubeで鴨頭さんがこんな言い方をしていました。「相手に関心を持つんじゃなくて、相手が関心を持っていることに関心を持つ」と。
まさにその通りです。もっと真理をつく言葉でぼくが大好きな言葉に「子供たちを愛するだけでは足りません。子供たちが、自分は愛されているとわからなければなりません。」という言葉があります。
ドン・ボスコさんという神父様の言葉です。
人間は自分をかまってほしい生き物です。少なくともぼくは。子どもがよく言いますよね?
「ねえ、見て!」
「これ見て!」
とやっていること、できたことを見せてきます。これって大人になっても実はかわりません。
大人だってがんばっていること、見てほしい。今思っていること聞いてほしい。買ってきたもの手に入れたもの教えたい。いいことや悪いことや、なんでも人に伝えたい。
「ぼくのこと、みて、!きいて!知って!」って思ってるでしょ?
SNSなんてその権化ですよね。
そしてそういう自分を自然にわかってくれる人や、同じようなことをやったり考えたりする人のことをぼくらは「わかってくれている」と思うわけです。そういう人がいると安心できて、本来の自分でいられるわけです。
だから、相手もそうなんです。その相手のことを理解しましょう。相手が何に関心があり、何をおもっているのか、知ってますか?
相手に注目するだけじゃだめです。ロックオンしてだめなところしか見えなくなるのはそういうことです。
そうじゃなくて相手が何に関心があるのか、何を思ったり考えたりしているのか、そこに関心を持って認めてあげることです。
そして、「善意のおしつけ」という言葉がありますが、一方的に思っているだけではいけません。
これは親子関係でよくあることですが、親は「あなたのためを思って」と言って子供にいろいろなことを教えたり押し付けたりします。
でも、それは子供が「自分は愛されているんだ」と感じる限り有効です。もしもそういう子から親への信頼がなければ、子供は「ぼくはだめなんだ」と後ろ向きになるか、親の言うことを全く聞かなくなるかのどちらかです。
大人でもそうですよね。
あの人の言うことなら聞ける。あの人の言うことなら聞けない。同じ言葉でも。
それは相手との信頼関係があるかどうかです。「あの人はぼくのことわかってくれている」という。信頼関係があれば、聞く耳を持てるのが人間です。
ちがう見方をすれば、それは信頼という心の栄養が与えられているから前向きに動けるわけです。
自分を満たす
「でも、そんなことわかっていてもできないよ。」ですよね。
人間というのは心に栄養がないと前向きになれないものです。動き出せないものです。
だから相手のことを理解することはとっかかりとしてよいです。例えば、あの人は、休日は何をしているのかな。好きなものは何かな。とか、会話してみましょう。
そうやって相手のことが分かってくると相手のよいところも見えてきたりします。それがあなたの心の栄養になります。
心の栄養が極端に足りない場合、きっと相手に対してどうやってもポジティブに思えないでしょう。そういう人はまずは自分を満たすところからはじめないといけません。
自分が満たされていない人というのは、相手に全然関心が持てていません。相手の話も聴けていません。いつも落ち着きがなくそわそわしています。そう見えてなくても心中はざわついています。
ぼくもそうでした。パニック障害のときはまさにそういう状態でした。
それは、自分に余裕がないからです。いつも自分で自分を満たそう、自分の不安を解消しようと、そこにエネルギーを消費しています。
もしそういう人が相手へのネガティブな思いに気づいたとしても、おそらく自己嫌悪を増すばかりで決して前進しません。後退します。
みなさん自分が満たされていますか?自分が満たされていないと、人間は決して人を満たすことはできません。
自分は誰かに愛されていると感じていますか?頭ではなく、心で感じてますか?
自分をまるまる包み込んでくれる存在はありますか?
その前に自分で自分を愛せていますか?
自分で自分を肯定できなければ、人を肯定できません。
そして、自分を愛し、自分を満たすことができたら、きっとほとんどの人は誰とも人間関係をよくしていくことができます。
そこまでは少し長い道のりになるかもしれません。でも、必ずそうなれます。
おしまい
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ご拝読ありがとうございました。